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久野はすみの短歌と日記


by hasumi-kuno
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『遊子』第11号 一首燦々より転載

此の中に在るものはただ単に愛といいます それ以外無い
                               
                             /早坂 類
 
 まず身体が反応した。言葉が直接頭蓋骨に響いてくるようだった。繰り返し読むとぐっとこみ上げてくるものがあり、うなずくことしかできない。浄化とはこういうことかと思う。ちょっと頭を冷やして読み直すと、「此の中」「在る」「単に」「無い」という漢字の視覚的効果に気付く。これらがひらがなだったらこの歌はこれほど毅然とした姿にはならなかっただろう。中でも「此の中」という日頃使わない漢字表記はこの一首を輝かせていると思うのだが、「此の中」とはいったい何だろう。
 掲出歌は2002年刊行の早坂類第二歌集『ヘヴンリー・ブルー』の中の一首。この一冊は写真家入交佐妃との共著である。入交のモノクロ写真と早坂の言葉が、あるときはせめぎあい、あるときは寄り添い、ひりひりした世界を作り上げている。
 
この世の何にも似まいとした言葉が骨をよじのぼり歯をへし折って出ていく

生まれては死んでゆけ ばか 生まれては死に 死んでゆけ ばか
 
 先の歌も、五・五・五・七・七なのだが、この二首についてはこれを短歌と呼んでいいのだろうかと迷ってしまうほど定形から外れている。定形は短歌の大きな力であり、歌意を説明するために定形を崩すことは情けないと思う。しかし、彼女が求めているのは「この世の何にも似まいとした言葉」なのだ。そのために必要ならば大胆に足し、いらないと思えば大胆に削る。だが、どの歌も口に出して読むと五音と七音が心地良い韻律を作り上げていることがわかる。たった一字のためにリズムを崩してしまった歌より、よほど「うた」であるとわたしは思う。
 最初の歌で詠われていたのは「愛」に対する願望ではなく「それ以外無い」という宣言だった。「此の中」とはあるいは真理と呼ばれるものかもしれない。既成の短歌を切り崩し「それ以外無い」ものを求める作者の姿勢には先頭を走る者の孤独と美がある。<久野はすみ>
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by hasumi-kuno | 2004-10-17 23:39 | 短歌 | Comments(0)