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久野はすみの短歌と日記


by hasumi-kuno
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大辻隆弘歌集『ルーノ』(砂子屋書房・1993)

憧れてやまない歌人、大辻隆弘さんの第二歌集『ルーノ』を読む。
収められているのは1989年~1992年までの歌。

・目覚めよ、と呼ぶこゑありて目ざむればまだ手つかずの朝が来てゐる

・樹々たちの言葉のやうに八月のひかりしたたれ、ひかりはことば

・滅びゆく鼻濁音「が」のやさしさを聞いてゐる夜、君とゐること

・風はしる八月、父に抱かれてはじめて言葉となりしわが声

冒頭の一連「夏のかけら」より。
目覚めるとは言葉をもつこと。歌人として世界と対峙すること。
畏れつつ、ひかりを求めてやまない心情が繊細に詠われている。

・炎昼のひとかげあらぬ交差路を猫 an sich (即自的猫)歩みゆきけり

哲学はわからないけれど、即自的存在の悠然とした歩み、
そしてドイツ語をさしこんだしらべの心地よさが好きだ。

・ふるさとを去らぬは持たぬことに似て九月 素水をつらぬくひかり
  (ルビ 素水=さみづ)

何度もこころの中で反芻してしまう一首。
余計な力がなく、言挙げがすっと立っている。

・凍るやうな薄い瞼をとぢて聴く ジュビア、ジュビア、寒い舌をお出し

ジュビアは雨。残酷でうつくしい相聞のにおい。
初めて目にしたとき、意味もわからずどきどきしたものだ。
しかし私自身が変化したのだろう、今回は次のような歌により惹かれた。

・目の見えぬ少女のために色彩を楽にたぐへて告げし人あり

・つきかげは細部にも射し陶片の青磁のいろの夜半のはなびら

・昧爽の寒くしづめる青のいろを妻は見きといふ、われは見ざるに

そしてもっとも心を揺さぶられたのは歌集の最後、
生まれたばかりのお子さんを詠ったものだ。

・ひとの世のことばをもたぬ子の口に霜降り肉の舌はほの見ゆ

・かなしみの初めのやうな溜め息を聞きぬ 子の辺にねむる夜明けに

・夜の蝉が咒と啼く闇へ、ふたひらの薄き耳もつ子を連れてゆく 
  (蝉は正字、ルビ 咒=じゆ)

息は声となり、声はやがて言葉となる。
生まれたばかりの子の耳はもう咒を聞いているのだ。

かつて父に抱かれて言葉を得た、追想の夏と、
まだ言葉をもたぬわが子を抱いてゆく闇。
そこに歌人の覚醒と、それゆえの哀しみを感じたのである。

(※お名前の辻は一点しんにょうです)
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by hasumi-kuno | 2012-07-25 01:38 | 歌集