ぺんぺん草日記 hasumi.exblog.jp

4月6日 恥ずかしい

詩も演技も、基本的には非常に恥ずかしいものだ。
思い入れがあればあるほど
冷静になって読み返すラブレターのように恥ずかしい。
表現が未熟なら恥ずかしいのはあたりまえだが
もっと根本的な恥ずかしさが、詩にも演技にもある。

研究所の授業で、ある芝居の一場面をペアで演じていたときのこと。
せりふをひとつふたつ言ったところで演出家からストップがかかった。
「だめだだめだ、そんな口さき芝居」
演出家は、BGMのヴォリュームを思いきり上げた。
「男は走れ!」
ペアの相手はわたしのまわりをわけもわからず走りはじめた。
「もっと早く!もっともっと!」
わたしたちは隙を狙うけもののようににらみあった。
アトリエの薄暗い空間に、激しい音と演出家の怒鳴り声がひびく。
ひたすら走りつづける相手。
立っているわたしの息も、心臓も、脳も、次第にかき乱されていく・・・
そのとき、音楽のヴォリュームがスッと低くなり
わたしは身体中から絞り出すようにせりふを叫んだ。

何かを超えた瞬間。
二度と起こらなかった奇跡。
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Commented by アラン。 at 2005-04-07 19:41 x
「遊子」、読みました。

私の歌について書いてくださっていて、とても感謝。照れます。
なんだか、ひさしぶりに自分を眺めている気分でしした。
恥ずかしさ、ぬぐいきれないです。

久野さんの連作、面白い。
「未来賞」の頃と、色合い、ちょっと変わってきましたね。
塗り絵のアウトラインを提示して、あの頃は
アウトラインの提示者自身が使う色を指定したがったいたような。
でも、最近、「勝手に色を塗ってくれ~」という大胆さも。

みんな、みんな、知らず知らずに、何処かに。
Commented by at 2005-04-07 23:17 x
いい話ですね。
心の中を見せるのだから、恥ずかしくて当たり前ですよね。
台本のあるお芝居や、他者の作品を演奏することでも
やっぱり恥ずかしいのは、
演じることも心を表に現す行為であるからだと思います。
ヘタだからとかそういう恥ずかしさとは別モノですねぇ。

そういう意味で恥ずかしいテープとか、
恥ずかしいビデオが棚いっぱいあって、
もの凄く威力を持った目覚ましコールとして使えます。
飛び起きて停止ボタン!(~~;;
Commented by hasumi-kuno at 2005-04-08 04:01
>アランさん
書きながら、アランさん、きっと照れるだろうな~と思ってました。

そうですか、変わってきましたか。(せ、成長だといいな・・・)
あっち行ったりこっち行ったりふらふらしてます。(^^;;;

>京さん
心を見せるのは恥ずかしい。
それなのに、見たいし、見せたいんですよね。
やっかいなもんですね。

目覚ましにするなんて、キョウレツ~!
by hasumi-kuno | 2005-04-06 18:31 | 日記 | Comments(3)