ぺんぺん草日記 hasumi.exblog.jp

カテゴリ:歌集( 3 )

大通りからちょっぴり入ったところに、
マスターがたったひとりでやっている喫茶店がある。
一見無造作に見えるしつらえは不思議な調和を保ち、居心地がいい。
そして必ず、おっ、というコーヒーを飲ませてくれる。
足立さんはわたしにとってそんな歌人である。

 水槽の壁はそこそこ透明でさびしいさかな さびしいさなか

「そこそこ」や「さびしい」は歌をつくるなら
なるべく避けるべき言葉だろう。
完全に澄み切ってはいないけど汚くもない水槽。
そこにいるしかない魚のさびしさ。
世界とは…いや、そんな理屈よりもまず、ひらがなの
「さびしいさかな さびしいさなか」の繰り返しに目がいく。
そこにあるのは、虚無だ。
この歌人は詩歌の常識とは逆のベクトルで
言葉を感知しているのではないだろうか。
例えば、次のような歌。

 ナーランダーチューリップらがナーランデー唱えていたり植物経を

 でろんでろでろんとぶるうす弾きおればおれとう已然形ぞかなしき

 なくなったものがおおくてたまらんよたまらんものがたまっているよ

一見、駄洒落のような、やけくそのような言葉たち。
実はこの歌集の背後には「妻の死」があるのだが
悲しみをストレートに出さず、少しずらして詠む。
そういう風にしか表せない、歌人の含羞がせつない。
そして奇妙に明るい悲哀が、読後にじんわりと沁みてくるのである。

 ほろろろろわれはまだまだ酔いたりずひつぎのまえでけむりをのめり

 飲んだかあ、ああ飲んだよう男らに嘘、本当の区別はあらず

宮崎在住。酒と肴の歌がとても良い。
無頼派の男歌である。ただし、とことんやさしい無頼派だ。
発見の歌もおもしろい。
言葉や文字、日常のふとした場面をひっくり返してみせる。

 飛行機雲の先頭をゆく飛行機の見えなくなって秋はひろいよ

 おじいさん・犬・おばあさん・中年が散歩する朝、猫の曖昧

なるほど、飛行機と飛行機雲の関係はそうとも言える。
確かに猫がいたとしてもそれが「散歩」なのかどうかはあやしい。
他にも可笑しい歌はたくさんあって、読み終わるまでに何度もふきだした。
観察力、発想力が生み出すフモール。
それは人間性が加味されてこそ味わい深いものになるのだ。
路地裏の喫茶店で感じるような、人生の味。
もっともっと引きたい歌はあるけれど、あえて引かない。
人に教えたくない、でもすごく教えたい歌集『でろんでろ』。
そこにはきっと、おっ、という歌があるはずだ。

 鮪鯖鱸鱈鱒鰻鯉鰈鰤鮫、がんばれ湯呑み

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by hasumi-kuno | 2013-07-03 21:02 | 歌集 | Comments(0)
憧れてやまない歌人、大辻隆弘さんの第二歌集『ルーノ』を読む。
収められているのは1989年~1992年までの歌。

・目覚めよ、と呼ぶこゑありて目ざむればまだ手つかずの朝が来てゐる

・樹々たちの言葉のやうに八月のひかりしたたれ、ひかりはことば

・滅びゆく鼻濁音「が」のやさしさを聞いてゐる夜、君とゐること

・風はしる八月、父に抱かれてはじめて言葉となりしわが声

冒頭の一連「夏のかけら」より。
目覚めるとは言葉をもつこと。歌人として世界と対峙すること。
畏れつつ、ひかりを求めてやまない心情が繊細に詠われている。

・炎昼のひとかげあらぬ交差路を猫 an sich (即自的猫)歩みゆきけり

哲学はわからないけれど、即自的存在の悠然とした歩み、
そしてドイツ語をさしこんだしらべの心地よさが好きだ。

・ふるさとを去らぬは持たぬことに似て九月 素水をつらぬくひかり
  (ルビ 素水=さみづ)

何度もこころの中で反芻してしまう一首。
余計な力がなく、言挙げがすっと立っている。

・凍るやうな薄い瞼をとぢて聴く ジュビア、ジュビア、寒い舌をお出し

ジュビアは雨。残酷でうつくしい相聞のにおい。
初めて目にしたとき、意味もわからずどきどきしたものだ。
しかし私自身が変化したのだろう、今回は次のような歌により惹かれた。

・目の見えぬ少女のために色彩を楽にたぐへて告げし人あり

・つきかげは細部にも射し陶片の青磁のいろの夜半のはなびら

・昧爽の寒くしづめる青のいろを妻は見きといふ、われは見ざるに

そしてもっとも心を揺さぶられたのは歌集の最後、
生まれたばかりのお子さんを詠ったものだ。

・ひとの世のことばをもたぬ子の口に霜降り肉の舌はほの見ゆ

・かなしみの初めのやうな溜め息を聞きぬ 子の辺にねむる夜明けに

・夜の蝉が咒と啼く闇へ、ふたひらの薄き耳もつ子を連れてゆく 
  (蝉は正字、ルビ 咒=じゆ)

息は声となり、声はやがて言葉となる。
生まれたばかりの子の耳はもう咒を聞いているのだ。

かつて父に抱かれて言葉を得た、追想の夏と、
まだ言葉をもたぬわが子を抱いてゆく闇。
そこに歌人の覚醒と、それゆえの哀しみを感じたのである。

(※お名前の辻は一点しんにょうです)
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by hasumi-kuno | 2012-07-25 01:38 | 歌集 | Comments(0)
なだらかな上り坂だとふと気づく日暮れにぺんぺん草を鳴らすよ
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by hasumi-kuno | 2004-05-27 01:11 | 歌集 | Comments(0)